備忘録、的なもの

本との日常 購入日記その他

愛書狂と古本マニアについて 1/2

生田耕作編・訳 愛書狂 白水社 限定250部 野中ユリ装丁

この本の存在について知ったのは昔々、大学時代に遡る。当時、新宿御苑裏にある四谷図書館へ勉強場所としてたまに通っていた。ビルの7階にあるという変わった図書館なのであるが、勉強・読書スペースがかなり多くとられていた。寝ていたり、空席のままほったらかしになると巡回員に場所を取り上げられてしまうため、なんちゃって場所取りの人はほとんどおらず、室内環境もほぼ静かであるため、勉強するにはとてもよい場所であった。ただ、場所柄なのかはわからないが、ホームレス風の人がほかの図書館と比べて多少多い印象なのと、駅から少し遠いのが難点である。コロナ流行の前の話であるため、今はどうなっているやら。
そして何より、都心の図書館としては案外文学系の品揃えがよく、私の好みの海外文学や全集類が多かったのが印象に残っている。勉強の合間に席を立ち、トイレに行ってから本棚の前をうろうろし、興味を持ったものを立ち読みしてそのまま席にしばらく戻らず、札を置かれて警告されるということが度々ありました(すいません)。そんな中で、海外文学の棚で生田耕作編「愛書狂」の存在を知ったのであった(イクタコウサクの名もここで初めて知った)。
「愛書狂」(フローベール)、「稀覯本夜話」(デュマ)、「ビブリオマニア」(ノディエ)、「愛書家地獄」(アスリノー)、「愛書家煉獄」(ラング)の五編と「フランスの愛書家たち」を収録。いずれも古書/蒐集狂を題材にした小説であり、これがすこぶる面白い(いい意味でも悪い意味でも)。訳注もとても詳しい。あの時代にあれだけの訳注を書けるというのも、やはり流石は生田耕作というところか。

そして数年前に平凡社ライブラリーで復刊され、思わず買ってしまい、その後に今回写真で紹介した限定版を購入し、その度ごとに読んでいるため、少なくとも計3回は読んでいるようである。限定版はインド産ゴート白張り那智石磨き総皮表紙(すごく言いにくいねこれ)に天金装丁であり、本の内容にも沿って豪華ですな。

本を手に入れるために人殺しをしたり、胡散臭さ全開なほど蘊蓄を披露したり(「西洋菓子調理法」)、本の「三分の一行(ライン)」にこだわりをみせたりというレベルまでは自分はまだ至っていないと思うが、気を付けないと悪魔に魅入られてしまう。悪魔のささやきに操られて古書を購入し結局後悔、ということは私もこれまでに何度もやっており、決してこの本に含まれている五編は他人事ではないのである。

ポーの大鴉と訳文三種について


大鴉 
エドガー・アラン・ポー作 日夏耿之介訳 野田書房刊 1935年
130部限定

 

高橋啓介「限定本彷徨」でも取り上げられていたものがようやく手に入った。うーむ素晴らしい。

大鴉の透かし入り


とはいえ、さっそく読んでみたものの、擬古文調の訳文で非常にとっつきにくく、一読したのみでは歯が立たず。
wikipediaを調べてみたところ、何となく大意はつかめたような気がしたが、参考用として「ポー詩集」阿部保訳 新潮文庫と「ポオ 詩と詩論」福永武彦他訳 創元推理文庫を本屋へ行き追加購入。岩波文庫でも出ていたようだがそれは見つからず。


新潮文庫の「ポー詩集」の表紙は柄澤斎である。味のある版画である。詩についても行間等をよく図っている印象であり、読みやすい。値段の割に薄すぎるのが難点。
創元推理文庫版は詩の他に詩論が数篇入っており、ボリュームと値段のバランスはよい。しかし、大ボリュームを1巻に収めているので詩の行間がぎちぎちであり、どうも読んでいて感興が薄い。結局どちらがよいのやら。
さて、三篇比べて読んでみたが、確かに印象が全く違う。

 

全部は書き出せないので一部のみ引用となるが

Then, methought, the air grew denser, perfumed from an unseen censer
Swung by Seraphim whose foot-falls tinkled on the tufted floor.
Wretch,❜ I cried, ❛thy God hath lent thee - by these angels he has sent thee
Respite - respite and nepenthe from thy memories of Lenore!
Quaff, oh quaff this kind nepenthe, and forget this lost Lenore!❜
Quoth the raven, ❛Nevermore.❜

の部分が印象が違って思えたので、この部分だけ三訳並べてみる。


かかる折しも 天人が搖ぐる香爐眼には見えね、そのたち燻ゆる香は籠りて、
大氣ますます密密たり、かの天人の跫音は床の花氈のふかぶかたる上に響きぬ。
儂聲あげつ、「忌はしや儂、神によりて處刑猶豫を賜びてけり。
この天人の使もつて、處刑猶豫を賜びたまひぬ―― ありし黎梛亞を
                   思ひ出にて愁を拂ふ金丹や處刑猶豫を。
あなあはれ 飲めかし甘し仙丹を 服しをはりて亡き黎梛亞をば忘れてむ。」
  大鴉いらへぬ「またとなけめ。」
                   日夏耿之介


それから私が思うのに、天人の振る目には見えない香炉から、香はのぼり、
空気は益々濃くなった、天人の足音は床の絨緞の上に響いた。
「薄命者よ」私は叫んだ、「お前の紙はお前にあたえた――これらの天使を使いにし
かれはお前に送った、休息を、レノアを思い出しての、愁を忘れる休息や憂晴らし。
飲めよ、飲め、ああこのやさしい憂晴らしを、そして死んだレノアを忘れよう。」
    大鴉はいらえた、「またとない。」
                   阿部保訳


そのとき空気は一層濃くなり、眼に見えぬ釣り香炉の香は立ちこめるかと思われた。
香炉を手に揺りながら。熾天使たちの足取は花むしろの床に涼しく響いた。
「馬鹿者が」私は叫んだ「神はお前に与え給うた――これら天使の手によって、
安息を――お前のレノアの思い出を埋めるべき一時の安息を。忘れ薬を。
飲め、おおこの情け深い忘れ薬を飲みほして、今はないレノアのことを忘れ去れ!」
     鴉は答えた。「最早ない」
                   福永武彦


どうだろう、全く印象が変わりはしないだろうか。どれがいいとははっきり言えないが、同じ原文でも訳すとなるとかまで変わってしまうのかと。
原文が読めればそれに越したことはないが、皆が皆読めるわけではないので、翻訳があるのはありがたい。しかし、解釈も翻訳者のものに依ってしまうので、感性が合えばいいものの、そうならなかった場合に、原文が悪いのか翻訳が悪いのかわからず拒否反応が出てしまうのは勿体ないというかなんというか。普段自然科学論文しか読まない主からしては、解釈が無限にありうる小説や詩はむつかしいものだなと改めて思ったのでありました。

湯川書房の本について

今日、ヤフオクで落札したとある限定本が届いた。ぱっと見た感じは和紙装のかちっとした装丁の本であり素晴らしい。仕事が終わってからのんびり見てみようと思う。

 

というところで、ふと自分が蒐集している目ぼしい限定本版元がどこだろうと思い、戦前であれば江川・野田・山本、戦後であれば奢灞都館や湯川書房がそれに当たるかと思った。

蒐集に当たっては、江川・野田・山本であれば、高橋啓介「江川・野田・山本の限定本」(湯川書房)が、奢灞都館であれば「奢霸都館刊行 全書籍目録コンプリート・コレクション」(エディション・イレーヌ)が参考になる。いずれも入手は比較的まだ容易である。

 

湯川書房については、目録が出てはいるものの、人気があるのと部数も少ないため、入手が非常に困難である。とはいえ、以前もご紹介したが、ある程度まとめてくださっている方がいて、それを参照すればある程度情報が得られるのはありがたい。

湯川書房限定本刊行目録(刊行順 未定) - 本はねころんで (hatenablog.com)

限定本に限ってもこれだけあるのか。一般市販本については上記目録には含まれていない。どこかに情報が転がっていないものか。

 

また、湯川72倶楽部というさらに少数精鋭目的の限定本もあり、そちらも7冊出ていたとのこと。

湯川72倶楽部刊行目録 - 本はねころんで (hatenablog.com)

記事から抜き出して引用すると、以下の7冊である

吉行淳之介詩集 限定108部

②歌 塚本邦雄 染絵本 出埃及記 限定108部

杉本秀太郎訳  詩画集 温 室 限定100部

村上春樹 中国行きのスロウボート 限定100部

⑤小川国夫 逸 民 限定100部

富士川英郎 本と私  限定100部

杉本秀太郎 句集 冬の月 限定100部

 

②④⑦は未所持である。

その中では当然のごとく村上春樹の「中国行きのスロウボート」の人気が圧倒的に高い。しかしまったく市場に出てこないわけではない(ここ2年で少なくとも3回は見かけている)ので、金銭面の余裕があればどこかで入手したいところである(とはいえ、状態にもよるが相場は30万程度の印象、何てことだ)。

「出埃及記」と「冬の月」については、どうもあまり食指が動かない。句集に興味があまりないのと、塚本邦雄が得意でないという点で。当然好き嫌いはあってしかるべきものであり、限定本だから全部集めよう(なければいけない)というのは金銭的にも感覚的にも無謀な試みなのかもしれないですね・・・。

王朝小説集 恋路

昭和31年3月31日初版 河出書房

収録 寝覚/恋路/扇

耳付きカバーの装丁であり、美品は中々見つからない。私の所有のものも背が欠けているうえ、耳が切れている。

装丁者名の記載はないが同時期に同じ版元から出た福永武彦の「愛の試み」と対ともとれる印象は受ける。

 

自鳴鍾

昭和33年1月30日 初版 新潮社刊

装丁 加藤栄三

書き下ろし長編。

家庭生活に飽きた主人公、夫が自分に振り向いてくれないがゆえに若者を誘惑する妻、純潔な心をもつ童貞、進歩的な考えを持つがゆえに現実世界から浮き気味の社会学者、財界のフィクサー等が一人の若い女性を媒介にしてもつれ合い、最終的には"冥府"に至る。最後は(当然ながら)急展開になってしまうが、伏線もよくできていて面白い。「冥府」という言葉の使い方は福永武彦とはまた違った感じだなと思う。

帯裏には著者の言葉として「現代の日本の社会は、一定の目標を失い、従ってぼくらの生活を規制する道徳もなくなっている。・・・・・・そういう現代の人間の空しい自由の生活を、ぼくはこの小説のなかで描こうとした。もし救いを提出できなくとも、最も切実な事実を、純粋状態にまで抽出して示すことが、文学者の使命ではないかと思ったからである」とある。

映画の輸入会社で働いている主人公というのが少し気になったが、山崎剛太郎から発想を得たのであろうかな、とつい最近「忘れ難き日々、いま一度、語りたきこと」(春秋社)を読んで思った。

2023年の蒐書総括(4/4) 今年の展望その他

ということで、昨年は色々と知見や蒐集方法が広がったことで、ある意味飛躍的になった一年でした。中村真一郎本の蒐集も進み、持っていないものは限定本も含めても後数冊程度となりました。福永武彦堀辰雄三島由紀夫についても相当珍しいところや超限定版を除けばある程度集まりました。

昨年購入したもので高額だったものベストスリーというものをあげると

1位 ●●●● 35万円

2位 ●●●●●●●●●● 20万円

3位 ●●● 18万円

(元値でいえば●●● 19万円だが、値引きで少し安くなった)

でした。本の内容については今回は少し伏せます(3位以外は一点ものに近いのですぐ割れてしまうため。しばらくしたら明かしましょう)。

上記いずれも古書店からの直接購入でした。高額本についてはある程度見る目が身についたと思う現在でも、ヤフオクではよっぽどのことがない限りは払えないなと思っています。特に10万円以上を出さねばならない時は要注意かな、と。今、福永武彦詩集の50部限定が出ていて、相場が30万円以上であるため、もしヤフオクでそれより安く買えればいいなあとは思うものの、しかし値段に釣り合うだけの状態であるかどうかはわからないのです。そのため、のどから手が出るほど欲しいなと思いつつも、私は入札はできませんでした。結局相場より安く終わっていたので少し手を出せばよかった。今さらだけど。

上記トップスリーを除いても数万円程度までの本は多数購入しました。本に対してのお金の掛け方は異常であったと思います。やはりこれだけの物を買うための金額を捻出してもよさそうなだけの稼ぎが得られ、働き続けられることには感謝しかありません。まあ、本以外については非常につまらないほどのケチり方をしているのですが。

昨年色々と蒐集を続けてきて、今年はまだ買う物などあるのだろうかと思っていましたが、欲望は尽きないもののようです。年が明けてもまだまだヤフオクで面白いものは出てきているし、今後古書展も始まっていく中で、手を出したいなと思うものが出るでしょう。買う冊数自体は減るでしょうが、署名入りや超限定本を買っていくことになっていくために、使う金額はあまり変わらない気どころか増えるがします。

高橋啓介の「限定本彷徨」に載っているような本を全て集めたいという気持ちは今はありませんが、瀟酒な装丁の江川書房、野田書房、湯川書房といったあたりの本は集めていきたいなと思っています。また、作家で言えば、芥川龍之介堀辰雄三島由紀夫の本の蒐集も進めたい所ですね。

 

ということで昨年の蒐書雑感でした。今年度もよろしくお願いいたします。

2023年の蒐書総括(3/4) ヤフオクの活用について

③色々と本を集め周辺知識について調べたり聞いたりしていくうちに、大体の相場や本の珍しさ、署名の真贋についての判断がしやすくなり、それなら手を出して大丈夫だ、もしくはやめるかといった判断が出来やすくなりました。

ヤフオクでは写真と説明文が全てで、実際に物を手に取ってみれるわけではないため、判断に迷うことがよくあります。私なりに何となく気をつけている点を以下にまとめました。

まずそもそも、その本の付属品(帯、カバー、函があるのかどうか、封入ペーパー・付録などがあるかどうか)について知っていないといけません。

帯については贋帯(「夜と霧の隅で」や「フローラ逍遥」などが有名)ではないかどうか、違う版の帯でないかどうか(例として三島由紀夫の「愛の渇き」など。また、最近の本でも映画化や賞受賞などで帯の文句が簡単に変わる)を知っておく必要があります。

また、見たことのない限定版であったとしても、それが実際に市販されたもしくは作者の手による限定版なのかどうか。有名な装丁家によるものでなく、無名な所有者による私家版ルリユールであったりすると、いくら綺麗であってもほとんど価値がない可能性があります。

品物そのものの状態の記載についても問題があるかもしれません。個人で出品している方は完全に検品できていない可能性があるため、ちょっとした汚れや糸のほつれ、ページの開き癖などは加味されていないことがあるかもしれません。さらに、こんな例はほとんどないですが、商品名で初版となっていても、奥付をみてみると初版ではなかったということもありました。

 

加えて、贋署名問題もあります。これについては自分で真贋を見分ける力をつけるしかないです。どうすれば身につくかといえば、確実性のある署名本を実際に目にして知見を深めるしかないと思います。

確実性のある署名本には次の2パターンあると思われます。①作者本人から直接サインしてもらったもの。②本自体がそもそも署名入りが前提であるもの。

①はまあ当然なのですが、よっぽどのことがなければ自身で入手できるチャンスは少ないです。公設の文学館の展示で見てみるのが手っ取り早いでしょうが、タイミングよく知りたい作家の直筆が展示されているとは限りません。
自分で手に取るとすれば、②を入手するのが手っ取り早いでしょうか。日本の古本屋やヤフオクでも書影が出ていることが多いので、それを頭の中に叩き込みましょう。私は古書展や実際の書店をぷらぷらする際に署名本が並んでいると、実際に手に取って実物の確らしさを再確認したりして勉強しています。

献呈先宛名がつくと信憑性が増しますが、献呈先が無名者であると価値は下がってしまう印象です。署名が記名のみとなると真贋の判定ができない場合は手を出さない方が無難です。しかし、落款があっても信用ができない場合がある(例えば、村上春樹)ので注意が必要です。

また、没後刊行のものに署名が入っているものが出品されていることもあります。論外だよなと思いますが、没年を知らない方は騙されたりするので、買おうと思う本の作者の生没年や大まかな年表くらいは覚えておくに越したことはありません。


それらを考慮した上で、購入して大丈夫そうだと判断したら、自分のなかで落とし所となる値段を設定し、入札してみましょう。この値段設定を怠ると、自分以外に本気で欲しいと思う人がいた場合に駆け引きが加熱しすぎて相場より相当高値までついてしまうことがあります。終わった後で振り返ってみたときに後悔することは必定です。
初期値段設定が相場より安いものは瑕疵があるなどちょっと怪しいかもしれません。しかし、初期設定が高いものだから完全に信用できるというのでもありません。そのあたりの駆け引きも非常に難しいところです。

 

以上のような次第で、実際には色々と気をつけなければいけないヤフオクですが、専門店でないと買えないようなものがオークションで拾える可能性があるのは面白いです。地方の古本屋がほぼ壊滅に近い状況になったため、地方の蒐集家の品物が古書市場に出ることなくリサイクル業者が買い取り出品している例が多く、とんでもないものが出ることも稀ではありません。

 

私はヤフオクで谷崎の「刺青」「悪魔」「春琴抄」の初版を手に入れましたが、今振り返ってみるとこの値段でこのコンディションのものを手にできたのは結構運が良かった気がします。それがためにやめられないですね。

私の昨年のヤフオクでの一番の掘り出し物は、長田弘の「吟遊詩人よ、起て!」。やばつい工房は冬澤未都彦が主催、ガリ版りで手製本を刊行しているため元々の部数が非常に少ないようです。


この項つづく