備忘録、的なもの

本との日常 購入日記その他

成瀬書房本について、ちょっとした目録も添えて

・先日とある古本屋に行った際に店員が電話でお客と話していた内容が興味深かったためついつい盗み聞いてしまったのだが、店員が話している内容からの推測した感じでは、成瀬書房本の私家版を買ったが、通常本とどこも違う感じがするため返品したいと客が言っているようであった。
まあ確かに、私家版と一般頒布版で違いはほとんどないと思われるが、それがために返品というのもなあと思わんでもない(というか、現品を確認してから買えよ、と思った)。

・そういえば、成瀬書房についていつから始まっていつ頃消滅したかよくわからない。その上、24年8月現在であまり成瀬書房について扱っているページはほとんどなく、下記のページが何となく書いてあるが、全貌はよくつかめない。
https://goatsheadsoup-musikus.blogspot.com/2007/04/blog-post_08.html

・他に引っかかるのはほとんど古本屋やオークションのページばかりであるが、ボヘミアンズギルドのこのページではたまたま大量に入荷したのか色々と並べられていて壮観である。
https://www.natsume-books.com/natsumeblog/?p=28842
ネット上にもあまり記事がないため、今回自分で知っている限りのところをまとめてみようと思った次第。

 

・と、いっても自分もあまり知っているわけではない。1970-90年代前半にかけて作家の肉筆入り豪華本を出していた出版社で、いつの間にか消失した、というくらいである。
70年代前後の限定本ブームに乗っかって出てき、バブル崩壊とともに消えていった印象である。自分が知ったのはとある古本屋で投げ売りされていたのを見つけてからで、出版当時を知るわけではない。しかし、各冊意匠が異なる装幀であり、実際に手に取って見ると面白かったためにすこしずつ集めていったということはある。

・成瀬書房は東京都文京区本駒込あったようだが、グーグルマップで調べてみると今現地は別な方の表札になっているため住所は載せない。
当時の刊行チラシには
収録作品は現代代表作家の原点といわれる処女作、若しくは初期代表作です/各冊違った装幀で、名人職人による手作り本です/全冊肉筆毛筆署名・落款・限定番号入り
とある。

 

・試しに手近にあった「15歳の周囲」を例に見てみよう。

本体は外函に入れられている。帯風の紙が外に巻かれており、それがあって完本となるだろう。

外紙を外すと朱地の紙が貼られており、タイトル等が書いてある。

外函を外したところ

「15歳の周囲」は和本仕立てであり、反物装帙に収められていた。作家によって装幀が全く異なるため、面白い。

一応全冊署名入り(のはず)

あとがきは手書き原稿をそのまま載せている巻が多い(中上健次「岬」のようにそもそも載っていないものもある)

奥付。私の所持本は私家本のため、そう書いてあるが、本来はそこに記番されるはず。私家本の部数も記入されている。こういう記載であるため、あまり私家本と頒布本には差はないと思われる。値段は当時としてもねえ・・・、という感じ。

 

・以上のような具合である。これがゾッキに回ったものはどうやら奥付が貼られていないようであるが、製本はきちんと済んだものであるため、作家署名は一応あるはずである。

ゾッキに回ったのであろう藤枝静男「路」 奥付がある場所に貼られていない

とはいえ、署名はちゃんとある上、造本も大丈夫である。あまり売れなかったのだろうなあ・・・。

・以下に、85年に中上健次「岬」に封入されていた目録を参考にしながら、調べられた限りで刊行物を列挙してみる。

≪いわゆる肉筆限定本≫
松本清張 或る「小倉日記」伝 200部
里見弴 善心悪心 200部
野上彌生子 ・父親と三人の娘 200部
八木義徳 劉廣福 200部
芹澤光治良 ブルジョア 200部
新田次郎 強力伝 200部
水上勉 五番町夕霧楼 200部
若杉慧 ひそやかな飼育 200部
大岡昇平 野火 300部
円地文子 妖 300部
阿川弘之 年年歳歳 300部
安岡章太郎 悪い仲間 380部
菊村到 硫黄島 506部
丹羽文雄 鮎 300部
吉行淳之介 原色の町 506部
佐藤愛子 ソクラテスの妻 506部
遠藤周作 アデンまで 506部
北杜夫 牧神の午後 480部
石川達三 蒼氓 300部
尾崎一雄 二月の蜜蜂 506部
島尾敏雄 島の果て 506部
小島信夫 小銃 228部
永井龍男 黒い御飯 200部
武田泰淳 月光都市 200部
石原慎太郎 太陽の季節 200部
井伏鱒二 山椒魚 200部
富岡多恵子 丘に向かって人は並ぶ 200部
開高健 流亡記 200部
堀田善衛 広場の孤独 200部
吉村昭 少女架刑 200部
草野新平 第百階級 200部
野間宏 暗い絵 200部
藤枝静男 路 200部
中村真一郎 死の影の下に 200部
ジッド 狭き門 200部
野坂昭如 火垂るの墓 200部
大岡昇平 俘虜記 200部
河野多恵子 幼児狩り 200部
三浦哲郎 十五歳の周囲 200部
石坂洋次郎 海を見に行く 200部
瀬戸内晴美 花芯 200部
中村光夫 鉄兜 113部
川崎長太郎 裸木 113部
森敦 酩酊船 200部
石上玄一郎 柴窯の壺 113部
瀧井孝作 弟・父 200部
森敦 月山 200部
木下順二 夕鶴・彦市ばなし 113部
埴谷雄高 不合理ゆえに吾信ず 200部
大庭みな子 三匹の蟹 200部
森敦 鳥海山 130部
山口誓子 凍港 黄旗 120部
加賀乙彦 くさびら譚 113部
中上健次 岬 113部
森敦 杢右ヱ門の木小屋 113部
水上勉 越後つついし親不知 113部
山本健吉 鎮魂歌・迢空幻想 113部
井上ひさし 手鎖心中 113部
串田孫一 乖離 113部
小川国夫 青い落葉 113部
岡本かの子 老妓抄・川 113部
生方たつゑ 花のこゑ雪の花 113部
内村直也 秋水嶺 113部
司馬遼太郎 故郷忘じがたく候 113部
室生犀星 故郷の町 蟲姫日記 113部
曽野綾子 遠来の客たち 
三浦朱門 冥府山水図 113部
日野啓三 向う側 113部
堀辰雄への手紙 113部
黒井千次 穴と空 113部
宇野千代 人形師天狗屋久吉 113部

その他、特別愛蔵本として以下が出ていたよう
大岡昇平 肉筆画装 野火 20部
井伏鱒二 魚拓装 山椒魚 18部
ジッド 宝石本 狭き門 10部
石川達三 肉筆画装 蒼氓 30部
丹羽文雄 魚拓装 鮎 30部
石坂洋次郎 肉筆画装 海を見に行く 10部
宇野千代 大人の絵本 100部
石原慎太郎 肉筆画装 太陽の季節 15部
草野心平 肉筆画装 第百階級 15部
森敦 肉筆画装 酩酊船 15部
松本清張 肉筆画装 或る「小倉日記」伝 15部
井伏鱒二 二人の話 20部
石原慎太郎 十代のエスキース 

上記とやや判型が違うもので
宮柊二 冬至集 200部 
島尾敏雄 はまべのうた 80部

その他、何冊か出ているようだが今回は略。


・特別愛蔵本の方のラインナップは宇野千代のものを除いていずれも限定本と似たラインナップであり、肉筆画がついたり装幀が豪華になった分部数も少なく値段も高い。また、部数がそもそも少ないため見かけることが滅多にない。
上記大部数本でも、作家によっては署名の価値が高いと判断され、未だに高価であるものがいくつかある(開高健岡本かの子(岡本太郎がサイン)、司馬遼太郎松本清張など)。

・平成4年の「十代のエスキース」以降は肉筆限定本の刊行はぷっつり途絶えたようである。もしかしたら「十代のエスキース」に次回刊行案内が入っている可能性があるが、私は未所持のため確認ができない。

・それにしても20年くらいの間にここまで色々と出せたものである。これらの本をすべて集めきった人は果たしていたのであろうか。(これは私見かもしれませんが)段々集めるに値するかどうかという作家も混ざったりしている上、何より嵩張る本をしまっておくスペースの確保も難しい。また、保管するとなると結局、並べやすい外函に入れっぱなしになってしまうため、肝心の豪華装丁に触れる機会があまりない(これは当時の限定本すべてに言える)。

同じ体裁の本が並ぶのは壮観だけれど、狭い家だとこれだけの本でもスペースを持っていかれるのは大変

 

最初は部数はある程度はけたかもしれないが、徐々に売れなくなっていったであろうことは容易に想像される。段々経営が厳しくなり自然消滅した、と考えるのがよさそうである。ちょうどバブル崩壊の時期と重なっているし。

 

・とはいえ、(一部を除き)比較的お手軽な値段で作家の肉筆と、現在ではもうお目にかけることがほとんどないであろう豪華装丁の息吹に触れることができる点は素晴らしいと思う。全冊集めなくとも、上記リストの中で興味のある作家がいるようであれば手に取って見るのも一興かと思われる。