備忘録、的なもの

本との日常 購入日記その他

新潮文庫の復刊 コンプリート!

ようやく94年に出ていた新潮文庫の復刊シリーズをすべて手に入れることに成功した。

 

苦節、何年?というほどまででもないが、しかし当初想定していたよりかなり集めるのに手こずった。100冊あれば、はじめのうちは見つけやすいものが目につくが、段々集まってくるにつれてラインナップを見返してみると、見かけないなこれはという壁にぶち当たった。これまでに各所ブックオフはさることながら、神保町に訪れるたびに澤口書店、愛書館中川書房日本特価書籍、@ワンダーの文庫コーナーは必ず寄るようにして新潮文庫の復刊の棚だけ覗き、各種古書展でも文庫コーナーは漁り(段々年を取ってくると、背表紙の列を眺めるのもおつらくなってくるのである。そのためここ最近は文庫本をくまなく探すというのは敬遠していたのだが、新潮文庫の復刊を探し始めるのを機に文庫漁りもまた再開したのであった。特に所沢彩の国古本まつりと池袋三省堂古本まつり。後者が今はなくなってしまったのは残念だ)、時にはブックオフオンラインやヤフオクといったネットも駆使して集め回った。今思えば異様な執念である。

 

前回2022年7月に残り一冊と言ってからしばらく間が空いてしまったが、ようやく昨日最後の残り一冊フォークナー「野生の棕櫚」を見つけることができた。しかし、値段が値段であった・・・。
今回のこの蒐集に際して、自分の中で定価より高値では買わないということを課していて、ある程度順調にきていたのであるが、どうしても見つからないものについてはやむを得ないと思っていた。「野生の棕櫚」については、どうも見つからないということと、これまで見かけた際も安い値段で出ていたためしがないので、安価で買うのはもう無理だろうと思ってあきらめていた。それが、つい先日、澤口書店を訪れた際に、海外文庫棚に刺さっていたのをすぐさま発見し、何という奇跡だ、と、この僥倖に感謝した上で、震える手で裏表紙を開けて値段を見てみると

7000円

絶句した。3000円程度ならまあやむを得ないと思っていたところで、思いっきり吹っ掛けてくる値段じゃないか。予想の斜め上である。元値は650円程度なのに。しかし、本の状態は極美で帯付である。それに、何故かこういうときに限って全品25%セールなどやっている。ありがたい、ありがたいのであるが、しかし、文庫本一冊にこんな値段をかけていいものなのか、いや馬鹿なんじゃないか、引き返せるのは今のうちだぞ、おーい・・・、気づけばレジへ本を持って行っていた。これにて新潮文庫の復刊のコンプリートは成し遂げられたのであった。・・・なんかちょっと複雑な気持ち。

ちなみに、「野生の棕櫚」以外で、あまり見かけなかったのが「田舎司祭の日記」「落穂拾ひ・聖アンデルセン」「天使よ故郷を見よ」「秋の断想」など。「燈台へ」もちょっと前に話題になってしまったので見つけづらいかも。これから探す人は頑張ってください。定価以下ですべて集めるのはおそらく無理です。


これまでの話はさておいて、どういう経緯でこのシリーズが始まったのか、手元に資料がないのでわからないが、モノ自体は、94年1月から7回に分けて合計100冊が復刊された。本のカバーの大まかなデザインは統一されていて、日本人作者がえんじ色、海外作者が群青色が基調のカラーである。手触りも通常のカバーより若干高級感がある。ナンバリングはB-(復刊第●回の数字)-(回数内での順番)となっている(と、書いているうちに思ったのだが、今回の復刊がB-()-()ということは、A-()-()なる文庫は存在するのであろうか。わからない)。


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さて、肝心のラインナップであるが、以下の通りである。

第一回

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B-1-1 釣師・釣場 井伏鱒二
B-1-2 葛西善蔵
B-1-3 聖ヨハネ病院にて 上林暁
B-1-4 からたちの花 北原白秋
B-1-5 北愁 幸田文
B-1-6 福沢諭吉 小泉信三
B-1-7 永遠なる序章 椎名麟三
B-1-8 碑・テニヤンの末日 中山義秀
B-1-9 諷詠十二月 三好達治
B-1-10 随筆女ひと 室生犀星
B-1-11 天使よ故郷を見よ(上) トマス・ウルフ
B-1-12 天使よ故郷を見よ(下) トマス・ウルフ
B-1-13 権力と栄光 グレアム・グリーン
B-1-14 チェーホフの手帖 チェーホフ
B-1-15 火の娘 ネルヴァル
B-1-16 世界文学をどう読むか ヘッセ
B-1-17 西洋音楽史 ハウル・ベッカー
B-1-18 鹿の園 ノーマン・メイラー
B-1-19 英国史(上) アンドレ・モロワ
B-1-20 英国史(下) アンドレ・モロワ

 

第二回


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B-2-1 泡鳴五部作(上) 岩野泡鳴
B-2-2 泡鳴五部作(下) 岩野泡鳴
B-2-3 落穂拾ひ・聖アンデルセン 小山清
B-2-4 佐藤春夫詩集
B-2-5 おかめ笹 永井荷風
B-2-6 谷崎潤一郎論 中村光夫
B-2-7 シェイクスピア 吉田健一
B-2-8 燈台へ ヴァージニア・ウルフ
B-2-9 白き処女地 ルイ・エモン
B-2-10 ショパン コルトオ
B-2-11 ジャム詩集
B-2-12 帰郷(上) ハーディ
B-2-13 帰郷(下) ハーディ
B-2-14 詐欺師フェーリクス・クルルの告白 トーマス・マン
B-2-15 ピエールとジャン モーパッサン

 

第三回


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B-3-1 婦系図(前篇) 泉鏡花
B-3-2 婦系図(後篇) 泉鏡花
B-3-3 暢気眼鏡 尾崎一雄
B-3-4 黙阿彌名作選 河竹黙阿彌
B-3-5 太公望・王義之 幸田露伴
B-3-6 筏 外村繫
B-3-7 生まざりしならば・入江のほとり 正宗白鳥
B-3-8 ルーマニヤ日記 カロッサ
B-3-9 愛をめぐる随想 シャルドンヌ
B-3-10 わが思い出と冒険 コナン・ドイル
B-3-11 失われた地平線 ヒルトン
B-3-12 女学者・気で病む男 モリエール
B-3-13 息子と恋人(上) ロレンス
B-3-14 息子と恋人(中) ロレンス
B-3-15 息子と恋人(下) ロレンス

 

第四回


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B-4-1 自註鹿鳴集 会津八一
B-4-2 子を貸し屋 宇野浩二
B-4-3 雀の生活 北原白秋
B-4-4 都会の憂鬱 佐藤春夫
B-4-5 重き流れの中に 椎名麟三
B-4-6 もめん随筆 森田たま
B-4-7 小鳥の来る日 吉田絃二郎
B-4-8 法王庁の抜穴 ジッド
B-4-9 メリー・スチュアート(上) ツヴァイク
B-4-10 メリー・スチュアート(下) ツヴァイク
B-4-11 暗黒事件 バルザック
B-4-12 ホフマン物語 ホフマン
B-4-13 要約すると モーム
B-4-14 闘牛士 モンテルラン

 

第五回


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B-1-1 学生時代 久米正雄
B-1-2 芭蕉入門 幸田露伴
B-1-3 如何なる星の下に 高見順
B-1-4 風俗小説論 中村光夫
B-1-5 日夏耿之介詩集
B-1-6 家族会議 横光利一
B-1-7 芥川龍之介 吉田精一
B-1-8 ゴールズワージー短編集
B-1-9 神の小さな土地 コールドウェル
B-1-10 戦う操縦士 サン=テグジュペリ
B-1-11 野生の棕櫚 フォークナー
B-1-12 劇場 モーム
B-1-13 フランス史(上) モロワ
B-1-14 フランス史(下) モロワ

 

第六回


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B-6-1 伊藤静雄詩集
B-6-2 嘉村磯多集
B-6-3 多情仏心 里見弴
B-6-4 青銅の基督 長与義郎
B-6-5 東北の神武たち 深沢七郎
B-6-6 叡智 ヴェルレーヌ
B-6-7 光ほのか オード
B-6-8 城砦(上) クローニン
B-6-9 城砦(下) クローニン
B-6-10 秋の断想 ジッド
B-6-11 王道 マルロー

 

第七回


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B-7-1 赤蛙 島木健作
B-7-2 浮沈・来訪者 永井荷風
B-7-3 詩の原理 萩原朔太郎
B-7-4 幼年時代あにいもうと 室生犀星
B-7-5 吉井勇歌集
B-7-6 トム・ソーヤーの探偵・探検 マーク・トウェイン
B-7-7 醜女の日記 プリニエ
B-7-8 田舎司祭の日記 ベルナノス
B-7-9 蝮のからみあい モーリヤック
B-7-10 アメリカ史(上) モロワ
B-7-11 アメリカ史(下) モロワ

 

以上、100冊。

これらラインナップの中から、通常ラインナップに復帰した本もいくつかあり(「婦系図」「劇場」など)、当時のことは私は知らないが、結構好評だったのではないかと予想される。今回の復刊までにあまり版が全く重ねられていないものも復刊されており、小説だけでなく、詩や評論もカバーされていて、広く目が行き届いている印象である。

文学書も売れなくなり、自分が新潮文庫を読み始めた25年前くらいと比較しても、現行ラインナップは大分様変わりしてきていると思う。またどこかで改めて同じようなシリーズ復刊をやってもらえると嬉しいなと思うのですが、新潮文庫さんどうでしょうか。

2025.8.10 Vintage Book Lab

今回初めてこの催事で目録応募した。当選を確認できていたため、まぁそれでいいかと思っていたが、Xの相互さんで編集者宛の福永署名本があったとポストをあげている方がいて、やっぱ行けばよかったなぁと思い直し、結局2日目に西部へ向かったのであった。

確かに外の平台に福永本が残っていたが、当然署名本はなく、その他旧蔵本というのもイマイチよくわからなかった。売れてしまったのであろう。中村の本も何冊かあったが、署名本は見当たらず、まぁそんなものである。そう簡単には見つかるわけはない。

中は、前日の熱気と比較して、降雨もあってか11時頃でも快適な人口密度であった。やはり盛林堂ブースで色々と物色。全て500円統一にされており、これがなぁというものもあれば、いつも見かけるようなものもあったり様々。今回売り切れなかったものの一部おそらく来週の均一に回るのではなかろうかと思われる。見送ったものもあるのでまぁ来週また行ってみるか、どうか。

そんな中で、池袋ブックサービスの棚に、谷田昌平の草稿が置いてあった。ほどほどの枚数があり、複数入ってそうな感じがした。そう高くはないが、現金で即決という勢からすればちょっと手が出しにくい値段。堀辰雄関連の草稿でもあればなぁという気持ちで即決購入とした。

家に帰って見てみると、木下順二論が二つ入っていた。国立国会図書館デジタルコレクションで調べてみると、近代文学53年9月号に掲載されていたもののようである。1枚目は全く直しがなかったが、二枚目以降でほぼ書き直しになっている部分があったり、緻密な仕事が伺われた。ただ、肝心の「暗い火花」自体が未読のため、まずはそちらを読んでからにしよう。

しかし、それにしても、草稿を購入して何にするのか、別に研究するでないし。とはいえ、本になったものと、実際の原稿とを比べると、文字から感じられるものの密度が全く違う気がする。生の字の方がどうも自分の中にするする入ってくる気がする。それはいくつか架蔵している生原稿を見たうえでの自分の感想だ。

それともう一つ、編集者宛のものはやはり流出する傾向にあるものだなと改めて。よっぽど仕事の内容を家庭で理解されていないと難しいのかもしれない。確かに自分の身に振り返ってみても、父が何の仕事をし、どのように仕事に対して考えを置き行動していたのか、全くわからないし、今ではもう聞くすべもない。近い関係であっても、仕事のことを家庭まで持ち込めるほどではなかったのかもしれない。なので、例えば仕事というものに対してマイナスイメージを持っている方であれば、その権化である本は、場所を取るものであると同時に憎い対象であるかもしれない(あくまで私の妄想です)。

別にそれが悪いことではなく、ファンのもとに自筆物が回ってくる機会をもたらしていただけるのはありがたいことである。ただ、てんでばらばらに散逸してしまうことは免れないし、売れないもの(身辺雑記やプライバシーに関わるもの)については抹殺されてしまうかもしれない。自分が手にしたものについてはある程度まとめておくことだなと思う。

蒐書についての雑感

部屋が手狭になってきたこともあり、2冊以上被っている本や、集めはしたもののもう読むことはないだろうなと思われる本を整理したところ、段ボール10箱相当になった。近日中に近所の古書店へ売りに行こうと思っているところであるが(本稿執筆当時。今は売り終わっている)、その段ボールの山、周りに積みあがっている本たちを眺めていて、最近の自分の古書蒐集について疑問が萌してき、ほとほとあきれてしまった。

まず、何故本が被ってしまうかである。結局無駄に集まって売ることになるのであれば、そもそも被らないようにすればいいわけである。

被る原因として、署名本として後で買い直したために、最初に買ったものが不要になってしまったというケースが多い(自分はどうしても複数冊所持する趣味はない。今のところ誤って2冊買ってしまったというのはあまりないが、段々記憶力に自身もなくなってきたため、今後は増えることだろうと予想はされる。記憶力を補う目的で書目リストをつけだしてみたのだが、本棚1段分を全てリスト化するのにとんでもない時間がかかるため遅々として進まず、その間に新たに本も増えるためどうにもならない状態である。まあ、買わなければいいだけの話であるが)。それなら初めから署名本のみに絞って買えばいいじゃないかといえばそうなのであるが、本によっては署名本の値段がとんでもなく高いこともあるし、本そのものがほとんど見つからないないものもあり、初めからどの程度集めやすいものなのかもわからない場合が多いので、結局見つけた時に手に入れざるを得ないわけである。困ったもんだ。

また、結局読みもしない本も集めるというのはどういうことか。いつかは読むかもしれないと思って買った教養書の類。買った当時は立ち読みするなどし、興味を持ったから買ったのであろう。しかし、旬が過ぎてしまうと同時に読まなくなる。また、作家そのものが好きだからその作家のものを集める。ある作家が好きなこと自体は別にいいが、すべてがすべて好きになるということはないのに、どうも結局すべてを集めないと満足できない、というどうにもならない癖が背景にあるようである。
いや、そもそもすべての本を集めようという考えを持つこと自体がおかしいことなのじゃないか。署名にしても、本文とは関係のないところであり、作品や本自体を楽しむということとは違うのではないか、本という「読むもの」ではなく、ただ眺めるだけの「愛玩物」に堕しているのではないか。そして持っているからといってその作家を理解したことにはならない。やはり書かれた作品がまずすべてであり、それを理解するにあたって造本や本の構成も役に立つことがあるかもしれない。となると、がむしゃらに本のみを集めること、特にモノの珍しさのみを珍重し中身について何も考えていないのはどうにもならない大馬鹿者なのではないだろうか。
自分自身そうならないように、買ったものは読むように心がけてはいるつもりであったが、しかし本は増えていく一方であり、この膨大な本に囲まれているだけの自分というものを改めて振り返り背筋がうすら寒くなったのであった。積読は心にも、(部屋が圧迫されることによって逼迫するため)身体にも本当によくない。

今後時間は有限にあるわけではないので、蒐集については、本当に好きな作家とその周辺に限って今後はみていくことにするべきであるなあと思った次第・・・。そんなことを考えていたら、本についての記事を上げるのも億劫になってきてしまったのであった。

2025.1.27 和洋会

あけましておめでとうございます。また前回投稿から時間が空いてしまいました。まあ今年度も時間のある時にゆるっとやっていこうと思います。

今回は和洋会で買ったものについて。

①裸の王様 開高健 文藝春秋
②春の庭 柴崎友香 河出書房新社
③1945文学的考察 加藤周一/中村真一郎/福永武彦 真善美社
④読書の首都パリ 宮下志朗 みすず書房

神保町に行くのは2か月ぶりほど。前回の趣味展も窓展も目録で気になるものがなく、どうも神保町まで出る気にならなかったためであった(年を取ると遠出するのが億劫になってくる・・・)。また、自分の気にしすぎかもしれないけれど、毎回目録注文品の受け取りで帳場へ持ってきてもらうときに、どうも耳目を集める(ように)感じてしまうのが好きではないのもある。最近は目録当選品を自宅に送ってもらうという技を覚えたので、どうしてもというものは郵送代追加になってしまっても郵送にしてしまいがちである。どうかなあとも思うが。
先々週末の東京古書会館は和洋会で、今回も目録注文品はなかったものの、別で出かける用事があったのでついでに立ち寄った。そのため今回は気楽といえば気楽であった。和洋会へはほぼハーフノート・ブックス目当てで行く。
①②ハーフノートブックスの棚から。①は帯付き初版が3冊も並んでいて、へえと思っていたら、うち2冊はコピー帯とのことであった(そのため値段も1000円。それでも安いような)。きちんとコピーと示してくれるのはありがたい。買ったのは当然本物帯カバーである。ほかの店の棚でやけにカバーの色が変な梅崎春生「ボロ家の春秋」があったがそれもコピーカバーであった。コレクター本人の自己満足でコピー本を作るのは仕方ないとしても、それをそのまま古書店へ流すのはいかがなものかなとも思う(本人でない人が分からず売ってしまったのかもしれないけれど・・・)。実物を見れば色みや紙の質感などで判別がつくことが多いが、ヤフオクだと写真で判断しなければならないので変なものをつかまされることがある。要注意である。。。
③別な店の棚から(すいませんどこのお店か忘れてしまいました)。加藤周一中村真一郎福永武彦三者による時間(その時々の時事問題)・空間(古典について)・世界(日本以外の情勢)について毎月連載していたものをまとめた評論集である。三者の著作集(加藤周一著作集、中村真一郎評論集成、福永武彦全集)でそれぞれの評論自体は読めることもあり、私はこれまで何だかんだこの本自体は持っていなかったのであった。やはりまとめて通読してみると感じるものが違う。そして冒頭の「新しき星菫派について」の攻撃的な感じよ。改めて時代に衝撃を与えたというのは実感される。しかし帯無しとはいえ1200円とはね。うーむ。
路面店も久々に冷やかしてと。愛書館中川書房の店頭から購入。

今年度もまたぽつぽつ書いていくようにしたい。昨年度の蒐書の雑感についてもまとめたいところ。

版画荘文庫について

本棚を整理していて、版画荘文庫が数冊出てきたのでこれを機に一度まとめてみる。

版画荘文庫とは、戦前あった版画荘という出版社から出ていた大きさは新書よりは少し大きいサイズで、ページ数は70ページほどの叢書である。帯付きで完本。月に4冊程度のペースで出ていたようである。新進作家の作品集といったところで、今では少し忘れられている作家も多い(ので、私はあまり高値を出して全て揃えようという気にはならないかなあ・・・)。

単体で一番高いだろうのは当然太宰治の「二十世紀旗手」である(相場5万以上)が、他はだいたい数千円程度で買える。帯付きとなると珍しいのでどうしても値段が上がってくる印象である。全揃となるとそれもまた高い(版画荘文庫 揃 / 玉英堂書店 / 古本、中古本、古書籍の通販は「日本の古本屋」)。薄本でもあるため、気にかけて探さないと見落としやすい。

表紙と帯 表紙の色は様々である

見ての通りかなりの薄本 背まできれいな本を探すとなるとかなり難関 わたしの「お化けの世界」は背の題箋が取れてしまっている



1 蝙蝠館 丸山薫
2 春遠し 伊藤永之介
3 お化けの世界 坪田譲治 1937.7.20
4 二十世紀旗手 太宰治
5 南国物語 福田清人
6 黄昏学校 依巻省三
7 幼い薔薇 丹羽文雄
8 石狩 伊藤整
9 手袋 高見順 1938.8.20 手袋、風景、背を見せた女、金、ある夫婦
10 金魚 石坂洋次郎 1937.9.20
11 馬来乙女の歌へる イヴァン・ゴル/堀口大學
12 檸檬 梶井基次郎
13 仮面 矢田津世子
14 火薬 大鹿卓
15 戦場 榊山潤
16 雷鳴 荒木巍
17 横丁図面 寺崎浩
18 移民 湯浅克衛
19 ひとの男 宇野千代
20 梟 伊藤永之介 1937.11.20 
21 ゴルフ 中河与一
22 幻影 阿部知二 1937.11.20 幻影、老馬行
23 夏の夜の夢 岡本かの子
24 山櫻 石川淳 1937.12.20 山櫻、一休咄、秘仏
25 おしゃべり 尾崎一雄
26 旅さきにて 中村地平
27 紅葉の懺悔 林芙美子
28 杭州城図絵 小田嶽夫 1938.1.20 杭州城図絵、老鸚鵡、氷海
29 火木土 井伏鱒二
30 あんどれの母 石川達三 1938.2.20 あんどれの母、盲目の思想、少年記、職業の問題

 

結局刊行されたのは上記30冊であったようだが、「あんどれの母」の広告欄に31冊目として富沢有為雄「法廷弁論」の記載があり、まだまだ続ける予定があったものと思われる。おそらく版画荘自体が潰れてしまったため継続できなくなったのであろう。

成瀬書房本について、ちょっとした目録も添えて

・先日とある古本屋に行った際に店員が電話でお客と話していた内容が興味深かったためついつい盗み聞いてしまったのだが、店員が話している内容からの推測した感じでは、成瀬書房本の私家版を買ったが、通常本とどこも違う感じがするため返品したいと客が言っているようであった。
まあ確かに、私家版と一般頒布版で違いはほとんどないと思われるが、それがために返品というのもなあと思わんでもない(というか、現品を確認してから買えよ、と思った)。

・そういえば、成瀬書房についていつから始まっていつ頃消滅したかよくわからない。その上、24年8月現在であまり成瀬書房について扱っているページはほとんどなく、下記のページが何となく書いてあるが、全貌はよくつかめない。
https://goatsheadsoup-musikus.blogspot.com/2007/04/blog-post_08.html

・他に引っかかるのはほとんど古本屋やオークションのページばかりであるが、ボヘミアンズギルドのこのページではたまたま大量に入荷したのか色々と並べられていて壮観である。
https://www.natsume-books.com/natsumeblog/?p=28842
ネット上にもあまり記事がないため、今回自分で知っている限りのところをまとめてみようと思った次第。

 

・と、いっても自分もあまり知っているわけではない。1970-90年代前半にかけて作家の肉筆入り豪華本を出していた出版社で、いつの間にか消失した、というくらいである。
70年代前後の限定本ブームに乗っかって出てき、バブル崩壊とともに消えていった印象である。自分が知ったのはとある古本屋で投げ売りされていたのを見つけてからで、出版当時を知るわけではない。しかし、各冊意匠が異なる装幀であり、実際に手に取って見ると面白かったためにすこしずつ集めていったということはある。

・成瀬書房は東京都文京区本駒込あったようだが、グーグルマップで調べてみると今現地は別な方の表札になっているため住所は載せない。
当時の刊行チラシには
収録作品は現代代表作家の原点といわれる処女作、若しくは初期代表作です/各冊違った装幀で、名人職人による手作り本です/全冊肉筆毛筆署名・落款・限定番号入り
とある。

 

・試しに手近にあった「15歳の周囲」を例に見てみよう。

本体は外函に入れられている。帯風の紙が外に巻かれており、それがあって完本となるだろう。

外紙を外すと朱地の紙が貼られており、タイトル等が書いてある。

外函を外したところ

「15歳の周囲」は和本仕立てであり、反物装帙に収められていた。作家によって装幀が全く異なるため、面白い。

一応全冊署名入り(のはず)

あとがきは手書き原稿をそのまま載せている巻が多い(中上健次「岬」のようにそもそも載っていないものもある)

奥付。私の所持本は私家本のため、そう書いてあるが、本来はそこに記番されるはず。私家本の部数も記入されている。こういう記載であるため、あまり私家本と頒布本には差はないと思われる。値段は当時としてもねえ・・・、という感じ。

 

・以上のような具合である。これがゾッキに回ったものはどうやら奥付が貼られていないようであるが、製本はきちんと済んだものであるため、作家署名は一応あるはずである。

ゾッキに回ったのであろう藤枝静男「路」 奥付がある場所に貼られていない

とはいえ、署名はちゃんとある上、造本も大丈夫である。あまり売れなかったのだろうなあ・・・。

・以下に、85年に中上健次「岬」に封入されていた目録を参考にしながら、調べられた限りで刊行物を列挙してみる。

≪いわゆる肉筆限定本≫
松本清張 或る「小倉日記」伝 200部
里見弴 善心悪心 200部
野上彌生子 ・父親と三人の娘 200部
八木義徳 劉廣福 200部
芹澤光治良 ブルジョア 200部
新田次郎 強力伝 200部
水上勉 五番町夕霧楼 200部
若杉慧 ひそやかな飼育 200部
大岡昇平 野火 300部
円地文子 妖 300部
阿川弘之 年年歳歳 300部
安岡章太郎 悪い仲間 380部
菊村到 硫黄島 506部
丹羽文雄 鮎 300部
吉行淳之介 原色の町 506部
佐藤愛子 ソクラテスの妻 506部
遠藤周作 アデンまで 506部
北杜夫 牧神の午後 480部
石川達三 蒼氓 300部
尾崎一雄 二月の蜜蜂 506部
島尾敏雄 島の果て 506部
小島信夫 小銃 228部
永井龍男 黒い御飯 200部
武田泰淳 月光都市 200部
石原慎太郎 太陽の季節 200部
井伏鱒二 山椒魚 200部
富岡多恵子 丘に向かって人は並ぶ 200部
開高健 流亡記 200部
堀田善衛 広場の孤独 200部
吉村昭 少女架刑 200部
草野新平 第百階級 200部
野間宏 暗い絵 200部
藤枝静男 路 200部
中村真一郎 死の影の下に 200部
ジッド 狭き門 200部
野坂昭如 火垂るの墓 200部
大岡昇平 俘虜記 200部
河野多恵子 幼児狩り 200部
三浦哲郎 十五歳の周囲 200部
石坂洋次郎 海を見に行く 200部
瀬戸内晴美 花芯 200部
中村光夫 鉄兜 113部
川崎長太郎 裸木 113部
森敦 酩酊船 200部
石上玄一郎 柴窯の壺 113部
瀧井孝作 弟・父 200部
森敦 月山 200部
木下順二 夕鶴・彦市ばなし 113部
埴谷雄高 不合理ゆえに吾信ず 200部
大庭みな子 三匹の蟹 200部
森敦 鳥海山 130部
山口誓子 凍港 黄旗 120部
加賀乙彦 くさびら譚 113部
中上健次 岬 113部
森敦 杢右ヱ門の木小屋 113部
水上勉 越後つついし親不知 113部
山本健吉 鎮魂歌・迢空幻想 113部
井上ひさし 手鎖心中 113部
串田孫一 乖離 113部
小川国夫 青い落葉 113部
岡本かの子 老妓抄・川 113部
生方たつゑ 花のこゑ雪の花 113部
内村直也 秋水嶺 113部
司馬遼太郎 故郷忘じがたく候 113部
室生犀星 故郷の町 蟲姫日記 113部
曽野綾子 遠来の客たち 
三浦朱門 冥府山水図 113部
日野啓三 向う側 113部
堀辰雄への手紙 113部
黒井千次 穴と空 113部
宇野千代 人形師天狗屋久吉 113部

その他、特別愛蔵本として以下が出ていたよう
大岡昇平 肉筆画装 野火 20部
井伏鱒二 魚拓装 山椒魚 18部
ジッド 宝石本 狭き門 10部
石川達三 肉筆画装 蒼氓 30部
丹羽文雄 魚拓装 鮎 30部
石坂洋次郎 肉筆画装 海を見に行く 10部
宇野千代 大人の絵本 100部
石原慎太郎 肉筆画装 太陽の季節 15部
草野心平 肉筆画装 第百階級 15部
森敦 肉筆画装 酩酊船 15部
松本清張 肉筆画装 或る「小倉日記」伝 15部
井伏鱒二 二人の話 20部
石原慎太郎 十代のエスキース 

上記とやや判型が違うもので
宮柊二 冬至集 200部 
島尾敏雄 はまべのうた 80部

その他、何冊か出ているようだが今回は略。


・特別愛蔵本の方のラインナップは宇野千代のものを除いていずれも限定本と似たラインナップであり、肉筆画がついたり装幀が豪華になった分部数も少なく値段も高い。また、部数がそもそも少ないため見かけることが滅多にない。
上記大部数本でも、作家によっては署名の価値が高いと判断され、未だに高価であるものがいくつかある(開高健岡本かの子(岡本太郎がサイン)、司馬遼太郎松本清張など)。

・平成4年の「十代のエスキース」以降は肉筆限定本の刊行はぷっつり途絶えたようである。もしかしたら「十代のエスキース」に次回刊行案内が入っている可能性があるが、私は未所持のため確認ができない。

・それにしても20年くらいの間にここまで色々と出せたものである。これらの本をすべて集めきった人は果たしていたのであろうか。(これは私見かもしれませんが)段々集めるに値するかどうかという作家も混ざったりしている上、何より嵩張る本をしまっておくスペースの確保も難しい。また、保管するとなると結局、並べやすい外函に入れっぱなしになってしまうため、肝心の豪華装丁に触れる機会があまりない(これは当時の限定本すべてに言える)。

同じ体裁の本が並ぶのは壮観だけれど、狭い家だとこれだけの本でもスペースを持っていかれるのは大変

 

最初は部数はある程度はけたかもしれないが、徐々に売れなくなっていったであろうことは容易に想像される。段々経営が厳しくなり自然消滅した、と考えるのがよさそうである。ちょうどバブル崩壊の時期と重なっているし。

 

・とはいえ、(一部を除き)比較的お手軽な値段で作家の肉筆と、現在ではもうお目にかけることがほとんどないであろう豪華装丁の息吹に触れることができる点は素晴らしいと思う。全冊集めなくとも、上記リストの中で興味のある作家がいるようであれば手に取って見るのも一興かと思われる。

2024.8.7 名古屋古本巡り

・世間では下鴨納涼古本まつりが話題であるが、今年度も私は行けないため、先日名古屋に行ったことでも書こうと思う。

 

・先日10年ぶりくらいの名古屋上陸を果たした。前回名古屋へは友人たちとの旅行で訪れたということもあり、個人プレイが著しく制限され、どこの古本屋にも寄ることができなかったが、今回は違う。思いっきり行ける所へ行ってやるという意気込みを立てたはよいものの、普段の怠惰な性格のせいで当日までろくに予定は立てずという無計画さ。とはいえ、文学好きとしてはやはり千代の介書店が気になっていたので、そこをメインとすることにした。千代の介書店がある藤が丘は地下鉄の終点でもあり、名古屋市の中では端であるため、そこから帰ってくるように経路を立てるのが合理的かなと考えた。

・千代の介書店のホームページを見てみると、やっているかどうかわからないため、予め電話してくださいとの記載があったため電話をかけてみたところ、やっているとのことであったため、栄から東山線に乗り、終点の藤が丘まで向かった。今回利用したホテルが地下鉄沿線であったため、市営地下鉄一日乗車券を買ってみることにした。乗った時点から24時間有効であるため、使い始めの時間によっては翌日も使用でき、とても便利である。

・藤が丘は駅の目の前が公団団地であり、穏やかな雰囲気である。東京で言えば光が丘のような感じか。駅裏の建物が非常に年季が入っている印象であり、趣は感じるものの、光が丘同様高齢化問題は迫っている印象を受けた。

・そこから歩いて5分程度のところに千代の介書店はあった。外から見ると思ったより小さいなという印象であったが、スライドドアを開けて入ってみると、ああ、写真で見かけたような本の廻廊が広がっている。

外見は小さいようにも見えるが・・・

・中は4列本棚が広がっていて、入り口付近に文庫、そこからレジにかけて文芸書がおおむね著者50音に従って並んでいる。レジに向かって左2列は美術書や専門書が並んでいる。店主は「東京の本屋と比べるとそんなに珍しいものはないと思うけれど」と謙遜されていたが、そんなことはない。確かに偏りはあるものの、20-30年前くらいまでの文芸書をこれだけ系統立てて揃えているところはほとんどないのではないだろうか。ある作家を系統立てて揃えたいときに、方々へ探しに出るのは大変であるため、文芸書のみこれだけ揃えている店はありがたいものだ。また、並んでいるさまをみるのは気持ちがいいところもある。ど珍しい本はあまりないかなという印象を受けたが、インターネットに一切在庫を載せていないため、宝探し気分で棚を見てみる楽しさはある。
・それと、並んでいる本すべてにビニールカバーをかけていたのが印象的であった。それも、店主の配慮である。本をとても大事にしているということが伝わってきた。しかしそういうことができるのもあまり経営ということを考えずにということがあるのかもしれない。現在店主は88歳であり、この先どこまでやれるかなとおっしゃっていた。いつまでも元気にやっていてほしいと願うが、いつまでやれるかというのも確かにその通りだと思う。次に自分が名古屋へ行くときはやっているかどうかわからない。しかし、大事にしたい本屋だと思った。

・千代の介書店での購入物
①夏の朝の成層圏 池澤夏樹 中央公論社
②文学の創造 中村真一郎 未来社
③遠くのこだま 福永武彦 新潮社
④片蔭の道 堀多恵子 青娥書房
系統立てて並んでいるというのはとてもすごいのであるが、結局自分が買おうと思うと自分の趣味の作家の持っていないものをということになるのであった。進歩がない。②は署名入りであったが宛名は消されていた。④は串田孫一装丁による変わった判型の本である。中村真一郎も「長い回復期」を出している本屋であるが、他にも周辺作家で同型の本を出しているのであろうか。今度調べてみよう。


・さて、続いては百萬文庫である。近くにブックオフもあるようなので川名駅で降りて歩いて行ってみることにした。川名駅前には川名公園の野原が広がっており、とても暑い中遊んでいる子供がたくさん見られた。元気だな・・・。
・公園の端まで行き、国道153号と県道56号の交差点から右へ少しずれた道をしばらくたどっていくと、商店街のように小店が並んだエリアがあり、その中の一角が百萬文庫であった。店先には均一文庫が並んでいてとても安い。中も名前に遜色ないくらいたくさん文庫が並んでいた。値段もとんでもないものはあまりなく、むしろ良心的な値付けであったため、近くにあったらここで文庫を集めまくっただろうなと思ったのであった。何でこんな本にこんな値段がというのが色々あり、非常に勉強になった。文庫本の値段のつけ方は非常に難しいのだなという思いを新たにした。

外見からは想像できないほどの店内は文庫の海

・文学の常識 中野好夫 角川文庫
店先の均一から。状態が非常によいにも関わらず50円であった。今回百萬文庫を訪れた理由としては、新潮文庫の復刊で残った一冊を見つける目的だったのだが、ここでも見つからず。残念であった。揃うのはいったいいつになることか。

 

・続いてブックオフ名古屋河原通店。百萬文庫から歩いて10分ほどのところにある中型店である。目ぼしいものはなく終了。その後川名駅まで戻り、鶴舞駅へ。駅からすぐのところに山星書店と大学堂書店が並んでいた。どちらも全集類が棚上に並べられているところからわかる通り、やや格式高い印象を受けた。
・そこからさらに熱田神宮方面へ。熱田神宮伝馬町駅から国道1号に沿って行くとブックオフプラス熱田国道一号店がある。ここは大型店舗で、ホビーから本まで各方面揃っているが、こういう大型店あるあるで本を軽視する傾向にあるためあまり期待をしていなかった。ところが、それに反して本のコーナーは広く取られていたし、函物全集類コーナーも取られていた。その中で「河盛好蔵 私の随想選」で唯一持っていなかった4巻があったため、これは買おうと思って函の中を見てみると、3巻が入っていたのであった。こういうのはよくない。中身と外身の相違くらいは気づいてほしいよ。危うく買わずに済んだ。

熱田神宮にお参りした後、駅前の商店街内にある言ノ葉堂さんへ。店先の均一はいいのがあるなあと思って期待を膨らませて店内に入ったものの、棚の揃え方がイマイチわからず、色々巡った疲れもあるのかあまりよく棚を見れず、何も購入できず終わってしまった。また今度ゆっくり見てみたいところ。
・最後にブックオフスーパーバザー栄スカイル店。商業ビルの8階にある大型店である。商業ビルの中にあるものとしては本の数がとても多かったがここでも何も買わず終了。この時点で20時近くになりお腹が空いたため、これにて古本屋巡りは終了してしまったが、もう2店舗くらいブックオフは行けた気がするな。

ドナルド・キーン著作集第一巻 新潮社
熱田国道1号店で見つけた。しかも署名落款入り。こういうのが落ちている可能性があるからブックオフも完全には捨てられないのよなあ。

落款が面白いですね

 

矢場町→藤が丘(千代の介書店)→川名(百萬文庫、ブックオフ河原通店)→鶴舞(山星書店、大学堂書店)→熱田神宮伝馬町(ブックオフ熱田国道一号熱店、古書言ノ葉堂)→栄(ブックオフ栄スカイル店)

以上のような行程であった。今回は雑な計画で巡ったこともあり、もう少しきちんと計画を立てれば何軒か追加できたような気もする。まあそれは次回以降の課題ということで。もっとこうすればよかったんじゃないかというご意見や、名古屋の古本屋情報についてもしご存じの方がいらっしゃいましたらコメント欄にお寄せいただけると嬉しいです。