備忘録、的なもの

ただただ日常 買った本をメインに、その日思ったことを記していきます。

2020.11.3

①戦中と戦後の間 丸山真男 みすず書房

②私が死について語るなら 山折哲雄 ポプラ社

③フィロビブロン 書物への愛 リチャード・ド・ベリー 大阪フォルム画廊出版部

④メランコリーの水脈 三浦雅士 福武文庫

⑤診療室にきた赤ずきん 大平健 新潮文庫

⑥いやいやながら医者にされ モリエール 岩波文庫

⑦ゆで卵 辺見庸 角川文庫

赤い橋の下のぬるい水 辺見庸 文春文庫

⑨西洋哲学史 今道友信 講談社学術文庫

⑩近代哲学再考 竹田青嗣 径書房

⑪感情と看護 武井麻子 医学書

 

目覚めは普段と同じであった。いい天気であった。休日であったこともあり、昼に目覚め、病院へ出かけた。普段と比べて病院の前に止まっている車の数が多かったのが気になった。ので受け付けの人に聞いた。亡くなった患者さんのご家族ですとのこと。今亡くなりそうな人は病棟にいなかったと思うけどな、と思いつつ、誰ですかと聞くと

「××さんです」

週末に入った持ち患であった。あぁ、そうか。亡くなったのか。

確かにいつ亡くなってもおかしくない方ではあった。そういう状態だ。しかし、完全に予想外であった。寝耳に水であった。今日はほぼその人の調整のために来たようなものであったから。

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人の死に慣れ、いや、慣れるという言い方も若干語弊があるが、しかし、ある程度予後が予測が立つ患者については、表面上は平静を装えるようになってきた。それが人の心を捨てる、ということになるのであろうか。

しかし、予想していなかった死については、それは適応されないようだ。亡くなったことを聞いてしばらく呆然とした。まだできる治療はあったはずなのだが・・・。

そういえば、この間読んだもので医師は余命より有意に予後予測が甘いという文章を読んだ(A systematic review of physicians' survival predictions in terminally ill cancer patients; BMJ 2003 Jul 26;327(7408):195-8. PMID 12881260. まぁこれはがん患者の話ではあるし、今回はがんは関係しない)し、自分もその例には漏れなかったなあと。

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雑務を終え、すぐに車へ。さて、どうすっかな。

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何も浮かばねえなあ。家に帰って勉強でもするか。次に備えて。

どうにも何にも浮かばないとき、いつもひたすら歩いていた。何も考えずに歩いている間に、暗い気持ちも考えることそのものが馬鹿々々しくなってきて、気分が上がってくる。一種の暗示だろう。しかしよく効く。

今は外は寒い。その上周りは山だ。歩くのはなあ。

と思っていた矢先に、目の前の山々の紅葉が目に入ってきた。あぁ、きれいだなあ・・・。

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美しいものに惹かれ、心を奪われる。それは何という経験だろう。このあたり一帯の紅葉は紅が少ない。黄緑や茶色がメインの印象である。なので地味である。しかし、何と説明したものかわからないが、心に訴えかけてくるものがあったのだ。美は心に訴えかける。そして心に浮かんだ。

そうか、ドライブでもするか。

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ということで、前置きが長くなりましたが、出かけた次第です。

鬱々としているときに引きこもるのは余計事態を悪化させるだけである。外に出て、美しいものに触れるべきである。ドライブも間接的には散歩と一緒であろう。あてもなく出かけるという点で。

と言いつつも、出かけた先は古本屋でした。

①-⑤は入間の逍遥館(https://shoyo-kan.com/)、それ以外はブックオフ

逍遥館はtwitterで見て以来、いつかは行ってみたいと思っていた。しかし昨日は遠出をしたかったこともあり、ちょっと遠いが行ってみた。ジョンソンタウンという宅地整備されたショッピングモールの中にひっそりとあった。外に均一台あり、中は文芸から専門書まで、思っていた以上に専門書の層が分厚い。こんな田舎で買う人がいるのかと思うような品ぞろえであった。こういう古本屋こそ潰れないで頑張ってほしい。なので今回は敢えて店名を出した。

そんな中で均一台から購入。③は知らない作者であるが、前書きを寿岳文章が書いていて「いつかは翻訳しとげたいと願わぬでもなかった」と言っているところからすると何かしら有名なのであろう。思わぬ拾いものをした。

その後は晩御飯を食べつつ、埼玉南部のブックオフを5件ハシゴし(しかし品ぞろえ的にはもう今後はそこを狙っていくことはないだろうなという印象)、帰宅の途に着いた。家に着いた時にはもうすでに周りは暗くなっており、寒さで霧もかかっていた。しかし自分の心は若干晴れていた。